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ブータン王国について

【一般事情】

面 積 約38,394平方キロメートル(九州とほぼ同じ)
人 口 約73.3万人(ブータン政府資料2013年推定)
首 都 ティンプー(Thimphu)
民 族 チベット系,東ブータン先住民,ネパール系等
言 語 ゾンカ語(公用語)等
宗 教 チベット系仏教、ヒンドゥー教等
略 史 17世紀,この地域に移住したチベットの高僧ガワン・ナムゲルが,各地に割拠する群雄を征服し,ほぼ現在の国土に相当する地域で聖俗界の実権を掌握。19世紀末に至り東部トンサ郡の豪族ウゲン・ワンチュクが支配的郡長として台頭し,1907年,同ウゲン・ワンチュクがラマ僧や住民に推され初代の世襲藩王に就任,現王国の基礎を確立。1952年に即位した第3代国王は,農奴解放,教育の普及などの制度改革を行い,近代化政策を開始したが,1964年,地方豪族間の争いに起因する当時の首相暗殺や,その後に任命された首相による宮廷革命の企み発覚を契機に,首相職が廃止され,国王親政となった。1972年に16歳で即位した第4代国王は,第3代国王が敷いた近代化,民主化路線を継承・発展させ,王政から立憲君主制への移行準備を主導。2006年12月,第4代国王の退位により,現国王(第5代目)が王位を継承。2007年12月及び2008年の総選挙を経て,2008年4月に民主的に選出されたティンレイ政権が誕生し,5月には国会が召集され,7月に憲法が施行し,王政から議会制民主主義を基本とする立憲君主制に移行した。2008年11月に,現国王の戴冠式が行われた。

 <外務省ホームページ(平成26年7月9日現在)より抜粋>

 

【政治体制・内政】

政 体 立憲君主制
元 首 ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク国王陛下(第5代)
議 会 二院制(上院25議席、下院47議席)
政 府 (1)首相 ツェリン・トブゲー(2)外相 リンジン・ドルジ
内 政 (1)第4代国王主導により,90年代末から憲法制定委員会の設置など,議会制民主主義への移行準備が進められ,2006年12月に即位した第5代国王の下,2007年12月に上院議員選挙が,2008年3月に下院議員選挙が実施された。これを受け,憲法草案に基づき,2008年4月,下院議員選挙において勝利したブータン調和党(DPT)のジグミ・ティンレイ党首が国王により首相に任命され,新内閣が発足した。2008年5月,新国会が召集され,憲法等の法案審議が開始され,7月,憲法が採択された。(2)2011年5月,民主政権下初の地方選挙が予定されていたが,立候補者の政党離脱手続きの不備問題が相次ぎ,実施が危ぶまれた。これに対し,関係者からの訴えに応えるかたちで,国王から,国家の調和,憲法の尊厳,法の強化,民主主義の成功の観点から関係者間の協議を促す布告が発出され,最終的に同年6月に地方選挙を実施。全国20県にまたがる205郡議会,16県の県庁所在地代表(ティンプー県,チュカ県,サルパン県,サムドゥプ・ジョンカル県を除く),欠員となっていた地区長が選出された。同年12月には欠員補充のための第2次地方選挙が実施された。2013年7月には,第2回総選挙が実施され,これまで野党であった国民民主党(PDP)が,ブータン調和党(DPT)に勝利,ツェリン・トブゲー党首が国王により首相に任命された。(3)インドと国境を接する南部地域では,90年代末以降インド・アッサム州での分離独立運動を行っている過激派組織が進入したため,2003年にブータン政府により掃討のための軍事作戦が行われた。
王 室 2011年10月13日,古都プナカ市で,ジグミ・ケサル国王陛下とジツェン・ペマ王妃陛下のご成婚の儀が行われた。両陛下は,同年11月15日~20日,国賓として訪日された。

<外務省ホームページ(平成26年7月9日現在)より抜粋>

【ブータン王国の国旗】

ブータン紹介

上部の黄色は国王の世俗的権威を表わし、下部のオレンジ色は宗教的な修行と精神力を示している。中央の龍は「雷龍の国(Druk Yul)」という国名に由来し、その身体の純白は多言語、他民族から成る国民の、国家に対する忠誠心の表現である。龍の開かれた口はブータンを守護する護法尊の絶対的な力を意味しており、その爪につかまれた宝玉は国家の富と欠けることのない完全さを象徴している。

【気候】

  • 首都ティンプーは日本の沖縄と同緯度(北緯26度)にあるが、2000mを超える標高のため、気温や四季の変化は長野に近い。
  • 雨期は5~9月、乾期が10~4月。
  • 日差しは強いが風は涼しく、真夏でも軽井沢のような気候で過ごしやすい。
  • 1~2月頃に雪が降ることもある。

【国民性】

  • 国民のほとんどが敬虔な仏教徒であり、民家には必ず仏間があるなど、日常生活に仏教(後期密教)が根づいている。寺院と地方行政の中核機能を併せ持つ「ゾン」が主要都市ごとに存在し、いたるところに「ラカン(寺院)」が立ち並ぶ。
  • おおらかで朗らかな反面、伝統的な儀礼を非常に重んじる国民性。TPOによって、身分・立場に応じた振る舞いが厳密に決められている。(民族衣装の着用方法で、その人の社会的地位がわかるくらいに厳密で細かい決まりごとが存在する。)
  • 大学卒業生に対する統一国家試験前のオリエンテーションでも、伝統マナーの実習授業があり、立ち振る舞い、民族衣装の着用法、祭式、手紙、贈答や返礼の礼儀、食事・給仕作法などを学ぶ。

【衣食住】

  • 男性用の衣服は「ゴ」と呼ばれ、日本の着物に似ている。丈がくるぶしまである着物を、帯で膝までたくし上げて着る。「ケラ」と呼ばれる帯を締めるが、帯びの回りにできる大きなひだにいろいろなものを入れて運ぶ。
  • 女性用の衣服は「キラ」と呼ばれ、3枚の布地を縫い合わせた150cm×250cmの布を巻きつけるようにして着込み、肩口を「コマ」というブローチで止め、「ケラ」という帯を締める。
  • ブータン料理は「世界で一番辛い料理」とされる。トウガラシが調味料ではなく、代表的な「野菜」として扱われている。米飯と肉や野菜の煮込みが基本的な食事のセット。水田農耕民でありながら、牧畜文化の影響も強く受けているブータン人の食生活では、主食としての米の地位が高く、副食としては肉や乳製品の摂取量が多い。
  • 通常民家は版築(板枠の中に土を詰め叩いて固める)や石積み等の組積造の部分と、木の枠組みの中に竹を編んだ芯を入れて土壁を塗り上げていく木造真壁工法の部分が組み合わさって成り立っている。
  • 多くの家は2~3階建てに屋根裏を設けたもので、大家族が代々住む住宅となっている。

【宗教】

  • 大乗仏教(後期密教)ドゥク派、ニンマ派が国家的に保護されており、日常生活においても仏教信仰が浸透している。
  • ラカンあるいはゴンパと呼ばれる寺院、チョルテン(仏塔)などの仏教史跡が観光名所であり、ブータン国民の生活・信仰とも密接に繋がっている。寺院には華麗な仏像・仏画が並ぶが、それらは単なる美術品や歴史遺産ではなく、現在も信仰の対象として認識されている。
  • チベット密教の開祖であるパドマサンババをグル・リンポチェ(至宝の師)として敬慕し、彼の布教活動を再現し、その威光を悪霊たちに再認識させるための大規模な法要「ツェチュ」が全国民的行事(祭祀)として盛大に営まれる。

【GNHについて】

  • GNH(Gross National Happiness)とは、ブータン王国が独自の国家スローガンとして打ち出した開発理念。国内総生産(GDP)のように国力を経済発展の数値で示すのではなく、こころの豊かさを示す「幸福度」「幸福感」に重きを置く=国民の幸福を一番の目標とする考え方。
  • 1976年、第4代国王ジグメ・センゲ・ワンチュックが第5回非同盟国会議(@スリランカ)後の記者会見で初めて表明。“GNH is more important than GNP.”
  • その後、1998年の国連開発計画アジア太平洋地域会議(@韓国)にて、首相ジグミ・ティンレイが “Four Pillars(GNHの4本柱)” を表明。
  1. 持続可能で公平な社会的、経済的開発
  2. 自然環境の保護
  3. 伝統文化の保護と発展
  4. より良い統治の促進
  • GNHにおける幸福の9要素とは下記のとおり。
  1. 経済的な生活水準
  2. 文化的多様性
  3. 感情の豊かさ
  4. 健康
  5. 教育
  6. 日常の様々な活動への時間配分
  7. 自然環境
  8. コミュニティの活力
  9. 良い統治
  • GNHの基本政策は、「伝統文化の継続」「自然環境の保全」「仏教世界観の継承」を基盤として、「個人と社会の全体的開発において、開発が国民の社会的、情緒的、精神的、文化的要求の間に、持続的な調和を保つこと」を重視する国家的姿勢といえる。
  • 政府の具体的施策として、「入院費を含むすべての医療費が無料」「2004年からタバコの販売を一切禁止」「教育に関する諸費用を国費負担」「優秀な学生には国費留学などの特典」「子供たちへの環境保護教育の実施」「排ガスを大量発生させる中古自動車の販売禁止」「ダイオキシン対策としてプラスティックの使用禁止」などを展開。環境保護・教育と福祉の充実に国民の幸福の基盤を求める政策を推進している。